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MUSIC LAND -私の庭の花たち-

MUSIC LAND -私の庭の花たち-

「メビウスの輪」9

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俺は大学を卒業して、

幸恵の父親の会社に就職した。

もちろん、実力で入ったのだと思う。

仕事でも実力を認めてもらえれば、

婿にも社長にもなれるかもしれない。

これは一種の賭けだな。

彼女は好きだけど、仕事は一生ものだ。

結構成績も良かったし、面接も得意だから、

もっと大手に入れたのではとも思うけど、

入れたとしても、なかなか出世できないかもしれない。

この会社なら社長になれるかもという打算もあった。

もちろん彼女と結婚したいがためだが。

それも、仕事の出来具合を見てからと言うことか。

新入社員に何が出来るというのだ。

研修も一応あったが、実践に役に立つかどうか。

俺は営業に配属されて、先輩と一緒に得意先回りだ。

頭を下げてお願いばかりで、嫌になる。

夜も休日も接待で、プライベートの時間がろくにない。

彼女ともなかなかデートも出来ない。

メールや電話は時々するが、

気持ちの余裕がないから、ついぶっきらぼうになってしまう。

彼女は大学院でまだ勉強中。

この頃冷たいと言うけれど、

社会人と学生とは違うのだ。

俺だって、本当は大学院にも行きたかったが、

そんな経済的余裕はない。

早く働いて、家を出る資金を貯めないと。

少しは家計にも入れているが。

お嬢さんにはそんな苦労は分からない。

デートでも俺のおごりを当然だと思ってる。

まあ、割り勘と言うのも嫌だけど。

早く結婚して、落ち着きたい。

どうすれば認めてもらえるのか焦ってしまう。

それなのに、気に食わないやつが来たから、

ますますイライラしてしまった。

そいつは幸恵の父親の愛人の息子である啓一だ。

それこそ、コネだろう。

他の会社は皆落ちたのか、辞めたのか、

俺と同い年なのに、中途入社してきて、

同じ営業部に配属。

競わせるつもりなのか。

頭も悪そうだし、態度も偉そうだ。

そんなやつに営業なんて出来るものかと思ったのに、

客の前では平気で頭を下げられるのだ。

特に女性客にはホストのようだ。

プライドがないのか。

父親の知り合いか知らないが、

金持ちの個人客を取ってくるし、

いきなりトップになりやがった。

部長はちやほやするし、やっていられない。

こっちは未だに先輩のパシリだというのに。

かといって、俺一人で回っても客を取れるかどうか・・・。

勉強はやれば出来たが、仕事はそうはいかない。

相手に合わせてやらなければいけないんだよな。

頭では分かっていても、なかなか出来ないのだ。

偉そうな年配の客には、俺の父親とダブって反発してしまう。

心情が顔につい出てしまうから、生意気だと言われる。

今まで、勉強でもスポーツでも歌でも、

人より劣ったことはないのに、悔しい。

こんなことでは、社長はおろか、

幸恵と結婚も出来なくなってしまう。

焦れば焦るほど空回りして、ストレスが溜まる。

企画書や説明は、結構上手く出来るのだ。

だが、いざ商談となると、失敗してしまう。

先輩に任せておけばいいのかもしれないが、

つい口出しして、客にも先輩にも嫌がられる。

かといって何も言わないでいると、

蚊帳の外にいるようで辛い。

もう半年たったのだから、独り立ちしろと言われた。

こんな状態で出来るのだろうか。

自信はないが、やるしかない。

啓一はもう先に行っているのだ。

人と比べても仕方ないが、頭から離れない。

幸恵の父親は啓一を社長にするつもりなのか。

それならそれでも構わないが、

俺は何のためにこの会社に入ったのか。

社長になるためか、幸恵と結婚するためか。

このまま負け犬にはなりたくない。

仕事もこれからが勝負だ。

また一から新規開拓をしよう。

頭を下げることを嫌がってたら仕事にならない。

後で見返してやると思えば、今は仕方ない。

開き直って、仕事に集中していたら、

いつのまにか営業成績も上がってきた。

今まで回っていた得意先から、

少しずつ注文が来るようになったのだ。

「生意気だと思っていたけど、

お前も段々社会人らしくなってきたな」と言われた。

接待でもお世辞が言えるようになってきたのだ。

プライドを捨てはしないが、ポケットにしまっておく。

今に取り出せるように。

啓一にはまだ及ばないが、

少しずつ追い上げてきた。

また、啓一もコネが尽きてきたのか、

段々成績が落ちてきた。

ざまあみろ。

啓一自身の実力じゃなかったんだな。

俺はコネなどないから、

実力でやるしかないんだ。

それなのに、部長が「得意先を

啓一に一部譲ってやれ」と言ってきた。

冗談じゃない。

先輩と回ったり、一人で開拓して、

やっとつかんだ得意先だ。

でも、「啓一は先輩にもつかず、得意先もなかった」と言われ、

仕方なく、先輩と回った得意先だけ譲った。

俺が開拓した得意先は譲るものか。

これからが本当の勝負だ。

同じ条件から始めるのだから。

それでも、俺の方が不利だとは思うけど、

そんなもの跳ね返してやる。

少しは自信もついてきた。

まずは、朝駆け・夜駆けで、新規開拓。

顔を覚えてもらったら、相手の興味のありそうな話題で釣る。

その前に受付嬢などから情報を得ておくのだ。

受付嬢にも愛想を振りまかなくてはいけなし、

まるでホストだよな。

啓一のことは言えない。

こんなこと幸恵に言ったら怒るだろうな。

「私のことは放っておいてるくせに」って。

大人しそうに見えて、結構気が強いんだ。

淋しがり屋で、甘えん坊で可愛いけどな。

親に構われなかったせいか、俺に構って欲しいらしい。

さすがに学生時代みたいなわけにはいかない。

幸恵はまだ学生だからこの忙しさは分からないんだ。

大学院なんか行ってどうするつもりなんだ。

結婚すればうちに入るのかと思ってたけど、

俺の給料じゃまだ養えないかも。

でも、心理学なんて就職があるのか。

お嬢さんの考えることは理解できないな。

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信吾は、父の会社に就職してくれた。

でも、仕事に忙しくて逢う暇もない。

淋しいけど、仕方ないかな。

心身共に疲れてるみたいで心配だ。

父の愛人の息子、啓一まで入社して営業に入ったから、

ますますストレスみたい。

でも、仕事はなんとかこなせるように

なってきたらしいから、少し安心した。

あのままでは、啓一に社長の座を

取られてしまうかなと思ったから。

もし、社長になれなくても、

結婚できればいいと思ってしまう。

まあ、私もそろそろ自分の就職のことを考えないと。

まだ結婚は出来そうにないし、

しても、共稼ぎしないとやっていけないから。

親の援助は受けたくない。

でも、大学院まで行っても、

心理学ではなかなか就職先が無い。

病院勤務のカウンセラーより、

スクールカウンセラーになりたいと思ってる。

この頃、募集が増えてきてるから、もしかしたら大丈夫かも。

教授の推薦で、私立の女子高に面接に行った。

私の出身校でもあるお嬢さん学校だ。

ミッションで、規律も厳しいし、風紀は悪くない。

でも、私が在学してころよりは乱れてきたな。

私のころは、肩より髪が長い子は結ぶか三つ編みだった。

今は、ただ結ぶだけ。

まあ、時代が変わったのだろうけど。

私も年取ったみたい。

相談室は用意されてるけど、

今は病院のカウンセラーが月に何度か出張してくるだけ。

常勤のカウンセラーが欲しいらしい。

それも私のように身元のしっかりしたお嬢さんがいいと言う。

親や学校さえ良ければ、中身もいいとは限らないよ。

私みたいにアダルトチルドレンで、

自分の方こそカウンセリング受けた方がいいのも居る。

セルフカウンセリングや、練習のカウンセリングは受けたけどね。

そこでも本音は話せなかった。

カウンセラーには不適格だと言われるのが怖かった。

でも、実際には自分も心の傷があるからこそ、

カウンセラー志望という人は多いらしい。

自分もそうだから、理解してあげられると思うのだ。

受け入れる余裕があるかどうかは別として。

受容しなければと思うだが、心が一杯になってしまう。

私には不向きなのかとも思うけど、

病的な心理に興味があるのだ。

異常心理や犯罪心理も知りたい。

自分にもそんな心理が隠されてる感じがする。

どんどん近づいてしまいそうで怖い。

だから、普通の高校生くらいの心理の方が

私にとっては安全かと思ってしまう。

まあ、この頃は高校生も親殺しとか、

犯罪にかかわったりするけどね。

私にも心情が理解できるだけに

他人事とは思えない。

止めることが出来るのだろうか。

せめて話を聞いて、発散させてあげたい。

私も聞いて欲しかったのだから。

信吾とはお互いの家庭環境のことを話し合った。

ただ、父に性的虐待を受けたことだけは言えなかった。

記憶が定かではないということと、

彼との関係が壊れてしまいそうな不安があったから。

私は信吾に「最後の一線を許さないのは、

もし妊娠したとき、産みたいから」と言ってある。

「中絶したり、中途半端に出産して、不幸にしたくないから」と。

信吾も不幸な子供は作るまいと思って我慢してくれてるらしい。

もう信吾は就職したから、出来ちゃった結婚だっていいけど、

私も仕事をしてみたいからな。

この仕事が決まれば、産休も取れる。

育休も短期間なら取れるだろう。

本当は出産したら仕事を辞めた方がいいのかもしれない。

でも、子供のせいで辞めたと恨みたくない。

同じ外出でも遊びと仕事では違うよね。

母も仕事で家を空けるのなら、私も納得できたのに。

とにかく信吾も仕事頑張ってるのだから、

私も勉強に就職頑張ろう。

決まったら、女子高生の力になれるよう努力しよう。

私のような不幸な少女時代を過ごさないように。

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